想い出すのは数年前の夏、北海道をぐるりと廻ったあの旅の途中、僕は道東について何の知識もないまま釧路の街を訪れ、ガイドブックに書いてあるとおり、自然景観を一望できるという釧路湿原の展望台に登った。たった一人、6000年前の海が変成したという湿原に向かったときの、果てしなく広がる緑の草原の素晴らしさを今でもはっきりと覚えている。そんな僕が今回機会を得て、奕凱(Yikai)、Azonaと一緒にこの地に戻ることになろうとは思ってもみなかった。真冬の真っ白な雪の下に眠る湿原は、いったいどんな姿を僕たちに見せてくれるのだろうか?
北海道東南部に位置する釧路は、豊かな森林資源の下で発達した製紙業とともに、一大工業都市として発展を遂げた道内第5の都市だ。早春のまだ少し肌寒い台湾を朝早く出発した僕らは、東京経由で釧路空港に降り立った。高緯度に位置する冬の北海道の空はもう暗く、この臨海都市の空気は湿度が低い。大量の粉雪が舞うように僕たちに吹き付けてきたときはまいったが、それでも、刺すような寒風と路上に高く積もった雪が、北国にやって来たんだという実感を僕たちに与えてくれた。「これぞ、北海道だ!」僕たちは、即座に分厚いコートを引っ張り出して、しっかりと着込んだ。
炉辺焼きで心もお腹もポッカポカ 厳寒の道東も怖くない
北海道の冷たい空気に少し慣れてきたところで、目指すはやはり腹ごしらえだ。一刻も早く夕飯を食べて身体を温めたい。腹ペコの僕たちは、「HOKKAIDO TO GO」プロジェクトメンバーの慧さんと空港で落ち合うと、ずっと訪れたいと思っていた老舗炉端焼き店「くし炉 番小屋」に直行した。釧路発祥の炉端焼きは、居酒屋のようなカウンターの後ろに、スタッフさんの焼き網エリアを追加したスタイルで、注文するとその場ですぐ焼いてくれる。みんなで大きな焼き網を囲んで食事をした。まずは、メニューから帆立の柚子味噌焼き、鯖、イカ、おでん、肉じゃがなどをひととおり注文。すると、スタッフさんが隣の席に揚げたての「めんめ(キンキ)焼」を運んで来るではないか。その魅力的な匂いに僕たちもすかさず追加で頼んでしまう。「この魚は珍しいよ。今日は特に大きいからね!」とスタッフさん。美味しい料理に舌鼓を打ちながらスタッフさんとよもやま話をしていると、隣りにいたサラリーマンのグループが僕たちが台湾から来たことを知って、たまらず話しかけてきた。「台湾の人たちには、地震のとき本当に助けてもらった。素晴らしい人たちだ。美人とハンサムばかりだし!」この言葉に僕たちも大爆笑、その場に笑顔が広がった。炉端焼きの魅力とはなんだろう? 美味しい料理が人と人の心までも繋げる、それが一番の魅力なんだと思う。炉端焼きですっかりリラックスし、一気にテンションが上がった僕たちは、ホテルの大浴場であったかい温泉に浸かった後、満たされた気持ちで夢の中へ。翌日の釧路湿原行きのために旅の疲れを癒した。
秘密の小道を抜けると… そこは絶対に体感すべき絶景があった
翌朝早く、僕たちは釧路駅に向かった。地元の人たちに交じり駅構内で朝食用に「おにぎりやばんばん」のおにぎりやコロッケを買い込むと、釧路の魅力を発信する地元メディア「クスろ」のメンバー、か志こさん、ちひろさん、奈々美さんの3人と合流し、一緒に釧路湿原へ。たった30分程の車の旅だったが、車窓から見える風景は街からほどなく荒野に変わり、白樺林が飛ぶように後方に流れていった。氷上でワカサギ釣りをする人たちの色とりどりのテントが、広大な銀世界に点在している姿がなんとも可愛らしい。すると、ちひろさんが突然1本の小道に入って行く。地元の人しか知らないという湿原の秘密の小道のようだ。「ここ、ここ。さあ行きましょう!」そばにある坂道を指さしながら彼女がさらりと言った。「ただし、私が「いいよ」というまで、絶対、湿原を見ちゃだめだよ!」僕たちはその言葉に素直に従い、痛いくらいの寒風にヒーヒー言いながら雪道を上って行った。すると、ついにちひろさんが叫んだ。「いいよ!」僕たちが顔を上げると、無限に広がる雄大な湿原の景色がすぐ目の前に迫っている。遥か彼方の大地に綿々と連なる山脈の下に河流が蛇行し、冬の積雪が純白の化粧を湿原に施している。よく見ると、野生のエゾシカが何匹か湿原を軽やかに歩きながら餌を食べている。その景色を眺めながら、僕たちは何度も何度も「ああ、きれいだ!」と叫んでいた。吹きすさぶ冷風に手がかじかむのもかまわず、一心不乱にシャッターを押し続けた。こんなに貴重な自然景観を間近で見ることができるなんて、なんて幸運なんだろう。
角の小店で 隠れたグルメと遭遇
午前中いっぱい湿原を廻り、いろいろな角度から、湿原の光と影や地形の変化を楽しんでいた僕たち。気づくともうお昼の時間になっていた。けれど、お昼ご飯は後回しにして、とにかく和菓子店「二幸」に急ぐことに。というのも、少しでも遅れるとこの店の名物「いちご大福」を買い損ねてしまうからだ。「二幸」のいちご大福は、程よい甘さのあずきに新鮮でジューシーないちごの組み合わせが絶妙で、一口食べるだけでなんとも言えない幸せな気分になれるのだ。もし、数に制限がなければ、何個でも買いたいところなのだが。後ろ髪をひかれる思いで、僕たちが 「二幸」を出発しようとすると、その向かいの小さな文具店が眼に留まった。
ショーケースいっぱいにインスタントカメラが並んでいる、その「中村文具店」のドアを開けて中に入ってみた。僕が、まだら模様のパッケージのKonicaを買おうとすると、店主の中村さんは申し訳なさそうにこう言った。「すみません、これはコレクションなんですよ。」すると隣でそのやり取りを聞いていた慧さんが、僕の手の上のカメラを指さして「彼はすごくフィルムカメラが好きなんですよ。」と言ってくれた。同じ趣味を持つ仲間として、彼女は助け舟を出さずにはいられなかったらしい。「あ!2台もあるじゃないですか。なんとか1台譲ってもらえませんか?」すると、店主さんも一瞬にして柔和な顔になり、棚にあったカメラを僕に手渡すとこう言ってくれた。「それでは、500円でどうですか?」さらに店主さんは奕凱の一眼レフカメラを見つけると、言葉が通じないにも関わらず、身振り手振りで棚に置いてあったカメラ雑誌を指して奕凱とおしゃべりを始めた。それだけではない。しまいには、商品ケースをひっくり返すとかなり年代もののフィルムピッカーを取り出して、奕凱にプレゼントまでしてくれたのだ。こんな小さな文具店にこんな良品が眠っていたなんて、なんだか千里を越えてはるばる僕たちが来るのを待っていたようで、今回の旅の忘れられないエピソードになった。
- 男子休日委員会 Board of Boys’ Day Off
-
台湾の創作ユニット「男子休日委員会」。意気投合したdato、奕凱とAzonaの3人によって2012年に結成。「你的生活是我遠道而來的風景(君の生活は遠くから来た私の風景)」という概念のもとに、「休日」をテーマにした、生活と旅行にまつわる創作を展開。台湾の無印良品の「MUJI to GO」、香港Airbnb、Lomographyなどのブランドとのコラボ企画や、著作に『左京都男子休日』と『北海道央男子休日』の2冊がある。
Facebook dayoff.daily
Instagram @dayoff.daily